

石楠花の寺として知られる徳円寺の境内、特に前面の断崖、峭壁(俗に壁ヶ嶽という)に自生する石楠花は、樹齢120年を越えるものも多く、数百本に及ぶ老樹や幼木をとりまぜて、開花時は実に比類稀なる壮観な景色で、浄土院寺院にふさわしい極楽浄土の景観を呈する。
寺院は嵯峨川の上流海抜700mの高さにあり、最近は村の産業と観光を兼ねた道路開発により、大川原高原=杖立峠=徳円寺=嵯峨峡のルートの中で、名勝として脚光を浴びている。開花時(5月上旬)には、特に大勢の観光客で賑わいをみせている。
この寺院は、江戸時代の後期である文政(1818〜29)年間に、徳円上人が開基したことによる。上人は文化13年(1816)阿波に流下、鳴門の飛鳥阿南市伊島のそとば嶽、美馬郡高越山の天狗嶽で別修行勤業ののち、後嵯峨の地に入り壁ヶ嶽に諸仏の示現を感得した。そして、不思議の奇瑞(めでたいことの前兆としての現象)にうたれ、この地を終焉の場所と定めたといわれている。
文政7年(1824)信者が協力して寺院を建立し、仏現山徳円寺となった。 |
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